2012年07月25日

【書評】大好きなことをしてお金持ちになる[本田健]

【読書会のご案内】

7月29日(日)に読書会を開催します。会場は東京の立川市です。近くにお住まいの方はぜひご参加ください。
詳細はこちら→http://nihonsho.seesaa.net/article/277239752.html
※参加費は無料ですが、メールでの予約が必要です。




福沢諭吉が個人では能力のある鋭敏な者が組織や集団に入ると不思議な何かに影響されて何もできなくなり愚鈍になってしまうと嘆き、時代を離れて山本七兵がその何かを「空気」と命名した。そして空気を破壊するには、自由になるか、原理主義になるか二つを漠然とではあるが山本は提案している。

実際に自由とは一体なんなのかは、山本の紹介する例では、発言する自由のようなもので、みながそうだそうだ!やろうやろう!などと後先考えず興奮して言っているとき、「でも実際は予算がないからできないよね」と水を差す自由、と考えているようである。しかし、その水を差す自由と言った場合でも、まずそもそも「自由」とはなんなのかについてははっきりとは書かれていない。
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2012年07月18日

【書評】空気の研究[山本七平]




日本書候補を読んでいると、時代も社会的背景も異なる複数の著者が同じ問題について考察していたり、一方が提起した問題を遠く時代が離れた他方が詳細に分析をしていることがある。日本書候補を読む面白さはこんなところにあるし、こういう問題こそ、日本国民が今必要としている価値観や、行動、美意識と深く関係している問題なのだろうから、自分のことに置き換えたり現代の文脈に当てはめてよく考えてみたくなるものである。

福沢諭吉は『学問のすゝめ』の四編で、(明治初期の)役人一人ひとりを見れば優秀で優れた人物でまた平民も一人ひとり見れば公明誠実の人もある。しかし集団になって役人が政治をすれば愚かで暗いものになり、民も集まれば欺瞞や詐術を用い、「その然る由縁は、かの気風なるものに制されて人々一個の働きを逞しうすること能わざる」と言っていて、一人の人であれば優秀なのに何かの気風に支配され、集団になると愚かなことをはじめて一人ひとりの力が発揮できないでいると嘆いている。また、十一編では、支配者の数が少なく、ほとんどが愚民で組織に対する帰属心がない国は脆いことを恐れて、明治の日本はそうあってはならないと言っている。

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2012年07月11日

【書評】学問のすゝめ[福沢諭吉]




自分を知るということは生きていくうえで重要である。とはいえ、自分をどうやれば知ることができるのか、なかなか習う機会はない。自分が誰なのかは、実は誰かと比べるしか方法がなく、比べればたちまち自分と他者には違いがあるということを認めなければならない。しかし自分と他人が違うということは自分がその人より優れているなら認めやすいが、そうでない場合、なかなか素直に受け入れられない。

悲しい人間の性である。
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2012年07月04日

【書評】論語と算盤[渋沢栄一]




武士は食わねど高楊枝という言い方がある。通常は武士は例え貧乏であっても誇り高く生きようという意味に取るが、武士は文武を収めているのだから金に目をくれてはいけないという意味にも取れる。あるいは武士は金を稼ぐ技術すらないのになぜか武士階級として生きていけるという皮肉も込められているようにも思う。

同様に、教師や政治家が教養があり徳を備えた人なのだから、お金を持っているのはおかしいと思う人は今の世の中でも相当多い。社会の高い地位にあり、特に人を指導したり導いたりする人は指導されたり導かれたりする人よりも更に貧乏でなければいけないという奇妙な固定観念があるようである。
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