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日本の製造業、特にエレクトロニクスの分野が危ないのではないかといろいろささやかれている。実際にシャープなどの危機が新聞をにぎわしている。しかし、その原因は何であるのか突き止めようとすると、「変に進化したガラパゴスなものを作りすぎたのだ」「韓国中国が低価格で同じ品質のものを作れるようになったからだ」などと、どうも的外れで本質を突いていないものが多いように思える。
もし、ソニーの創業者の一人である盛田昭夫氏が現役であればこういうのではないだろうか。
「どこかの市場で成功しようと思うなら、そこで会社を設立するだけでは不十分で、家族ともどもそこに引っ越して、実際にそこの生活を経験しなければ」と。(※注 原文では「どこか」、「そこ」は「アメリカ」になっている)
盛田氏が目指したのは、製品を作ることではなく、これまでにない生活様式を創造する事である。
全盛期の日本製品は小型で高性能なので、ともすれば、生活の「便利さ」を追求したものに見える。しかし、ソニーはそうではなかった。これまでに存在しないものが家庭に創造されて新しい生活様式が生まれ、その生活を営む人が街のいたるところに現れ、人間の生活が別の次元に移っていく。そういうことを考えるところから製品開発がスタートしている。
創業当時の資金難の時代からこの考えは脈々と受け継がれている。トランジスタラジオを考案するときは小型でワイシャツのポケットに入れられる物でなければいけないというところからスタートする。当時ラジオは真空管の大型のものしかなく、はっきり言って「家具」のようなものであった。それが乾電池とトランジスタという技術に支えられ、サラリーマンがポケットに入れて持ち運ぶ新たな生活様式を生み出せることになった。あくまでトランジスタはその生活様式を生み出すために必要なものであって、トランジスタを作ることが社の目標ではない。
ウォークマンもそうである。当時、ラジカセを持ち歩いて音楽をかけながら歩いている若者を欧米や東京で見た盛田氏が、そんなに音楽から一秒でも離れていたくないのだったら、ポケットに入るヘッドフォンで聞けるカセットを作ろう、ととんとん拍子で作ったのがウォークマンだ。最初に音楽を身につけて街を歩くという生活様式を着想して、そこからたまたまサイズが小さくなったに過ぎない。
ベータマックスと呼ばれる家庭用ビデオデッキも、放送局で使われているビデオ再生機をみて、これが家にあったら面白いのではないか、とビデオデッキを使って自分たちの撮った姿をみてお互い談笑している家族のイメージをまず持って、そこから着手する。
技術や特許や、ましてや会社の経営や資金繰りは、その生活様式の創造に必要だから力を入れるのであって、それが主目的で会社をやっているわけではない。ましてや、今期の会計書類の数字が多少よくないことなどは、会社が長期かけて実現しようとしている偉大なる創造に比べれば厳しく追求するようなことではない。
このような経営を行ったのは彼の育った環境が大きく影響している。父親は代々酒造業に携わり、母親はクラシック音楽を愛好し、昭夫少年を含む子ども達に最高の声楽、器楽を聞かせていた。家にはテニスコートがあり、父は当時は珍しいフォード車に乗っていた。それはまさに盛田家のスタイル、生活様式であった。昭夫少年がラジオの製作に勝手に憑り付かれていっても家族は寛大であった。と同時に、父は昭夫少年を重役会議などに呼び出し脇に座らせ、たくさんの人を使うとはどういうことか、経営とはどういうことかなども仕込んでいた。
戦後、彼の家はGHQの戦後政策の一つである農地改革で工場と家以外は失ってしまったが、兄弟全員無事に家に戻ってくることができて家族は大いに喜んだ。彼にとっては家が持っている生活様式、あるいは家の歴史に対して家族が誇らしく思えるということが一番大切だったのに違いない。
そして、戦後の新しい時代において、そういう家に対して誇りや愛情や懐かしさを持たせることができるような製品を創出していった。
今、日本のエレクトロニクスが独創的な製品を作れない隙をついてiPhoneやiPadが世界を席巻しているように見える。これらの製品のイメージを思い浮かべるとき、製品そのものではなくて、それを使っている人を含めた風景、例えば、電車内でこれらを使って経済ニュースを読んでいるビジネスマンとか、カフェですいすいページを手繰っている普段着の若者とかを思い出すだろう。これが生活様式、スタイルである。アップル社は技術を生み出したのではなく、スタイルを創出したのである。盛田昭夫氏が現役であった頃のソニーが第一に行っていたことを忠実に繰り返したに過ぎない。
日本が苦戦している原因は、モノを作っている日本国民が「自分は日本人であり・・・自分の日本的な部分を評価する一方で、自分が世界に適合していかねばならず、その逆は成立しないことを理解する」(127頁)という盛田氏の哲学が忘れ去られているところにある。世界の人がどのような次の生活様式を望んでいるかを考えずに世界でモノが売れるはずはないのである。そして世界の人が望む生活様式を知るためには自分がその世界で生活をして体験してみないといけないのである。この本の副題が「わが体験的国際戦略」となっているのはそういう意味である。
ところが日本の現状はどうだろう。海外に留学したいという日本の子弟が激減しているというニュースもよく聞くし、日経新聞5月16日号に「退職貧乏父さん」という記事が掲載されているが、子どもを留学させると退職した親が貧乏になるからやめようという意味に取れる意見が堂々と展開されている。このような現状では、世界の人が欲する生活様式を生み出せる次の世代が生まれることはもうないのかもしれない。
今後日本の製造業が生き残れるかは、経理上生き残れるかどうかではなく、スタイルを創造できるかどうか、まさにこの一点にかかっている。
経営ではなく、創造に興味がある読者に勧めたい一冊。
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今日の書評はいかがでしたか。
盛田昭夫・下村満子・E.M.ゴールドマンの『Made in Japanわが体験的国際戦略』は日本書候補になっています。
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「読もうよ!日本書」街での読書会の予定
次回は6月上旬に都内で行う予定です。ぜひご参加ください。
■■フリーペーパー発行予定
会ではフリーペーパーを発行する予定です。また「母から娘へ伝えたいレシピ」という題でコラムを書いてくれる料理人の方を探しています。ご興味のある方は会までご連絡ください。
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今日紹介した本は既に廃刊になっているようです。このような良書が廃刊になっている現状を嘆いております。将来、会では読書会などに使うため、日本書の寄贈をお願いする活動をしようと考えております。
posted by 日本書を選定して読みあう会 at 23:36|
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